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暑いぜよ

夏休みというわけではありませんが、
この旧盆休みに 多摩市まででかけてきました。

多摩、一般に三多摩 とよばれますが、現代の行政区分では たくさんの市が誕生しまして、古い言い方でさがすとなかなか難儀なこともあります。


と余談はさておいて

一番の目的地は
 「旧富澤家」・・・富澤さんと聞いて、NHK大河「新撰組!」で襲名披露野試合の佐藤彦五郎さん方ではない、臨時の大将をしたおじいちゃん・・・・と思いだしたら・・・・ 新撰組!オタクです(笑)


実際は当時の富澤さんはおじいちゃんではありませんよ!!



天然理心流の大スポンサー そして、なんていったって 歳三の木曽八景の和歌の色紙を貼りこんだ屏風を保存するこのお宅への訪問がようやくかないました。



・・・・・といっても、家だけが多摩市の公園に移築されて、もとの位置にはありません。
しかし、出稽古にきたであろう家がある!というのは、ほんとうにうれしいものです。

富沢邸3

もとは萱ぶきの屋根だったのですが、移築して保存するにあたって、銅板葺きになりました
明治になってガラス窓がはいったりとう 改築もありましたが、本体は江戸時代中期のものです。

富沢邸2

説明書きをアップしておきます。
内部は撮影禁止でした。がとにかく非常にりっぱな家でして、せんだって見た佐倉の武士のお屋敷より造りとうが非常に立派です(佐倉の武家屋敷はあくまでも官舎 藩のおカネで造るものですから・・・自ずと節約されますからね)当時の豪農の経済的優位がよくわかります。


富沢邸1


式台付き玄関 ここは昔から瓦ぶき。
格調があります。武士の出入りがあった証明です。
玄関脇には御供の人がまつ「コザシキ」と呼ばれる部屋もあります。

富沢邸4

門も復元移築されています。

立派な門でしょう?扉は欅板です。

平成2年に 鎌倉道に沿った 連光寺集落に建っていたころは はっきりと「道場」と呼ばれていた建物が確認されています。
その道場は移築復元されませんでしたが、この門をくぐって 土間で足を濯ぎ、ヒロマでお茶をいただき、一段落したであろう 天然理心流時代の土方や総司の姿を想像するには、容易い情景でした。

今回の一番の目的である 「歳三の和歌の屏風」は常時は非公開とのこと。
次回の公開の時は再び訪ねる決心をしました。(○も△き■い様・・・御同道 願いまするう)

私たちがいた小一時間・・・来訪者は誰もなく、文芸員の方の説明をゆっくりと聞くことができました。




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