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別邸

武家屋敷づいているひなちなです。

土曜日は松戸にあります、戸定邸にいってきました。
今回は時間が限られ、しかも大勢の短歌友達と一緒だったので、萌えに浸れる余裕はなかったのが残念でした!


戸定邸とは


戸定邸松戸市

上記のとおりです・・・ずぼらな人ですまんですう

最後の2行 「ここに徳川家のご厚意を後世に・・・」という文が水戸家びいきの土地柄がでています。

(華族制度の終焉による松戸市への物納という、シビアな現実であるのですが・・・)

江戸期の建物ではありませんが、明治初期まだ大名出入りの大工さんたちが現役の時代の貴重なもの。

下屋敷や別邸の様子がよくわかります


戸定邸門

萱で葺いている門・・・これこそ「ザ・別邸」という象徴!

ザ・別邸 と思うのは、門の戸は竹がストライプ模様になるように張られていたり


戸定2
 
萱の下は杉と竹を交互に使ったりと非常に凝っています。

鄙びた感じを出しながらとても粋です。



戸定邸5


萱の門をくぐって緑の中をいきまして、お屋敷に入ります。

写真は「使者の間」  

使者は玄関横のこちらで応接されたようです。

今は襖とうが取り払われていますが、複数の家からの使者がかちあわないように、部屋は分かれていたのしょうね。

戸定邸6

こちらが客間・・大書院造りというのだそうです。

畳廊下は畳が横敷きです。それがぐるんんとかねおりに座敷をまわっております。

殿さまのいる本座敷へ伺候するまでに、何枚襖をあけるのでしょうね・・・

戸定邸客間説明

徳川慶喜が残した 客間の写真が説明してくれてます。


戸定邸8

これは下の写真で


戸定邸9

このほかにも 殿さまの書斎や日常の居間、奥方や母上が生活した棟や湯殿とう・・・が残されていましたが・・・・・時間がなく今回はスルーしました。




釘隠しなどにも


戸定邸7

目立たないような庭の片隅にも


戸定葵

葵がさりげなくありました。


併設されている資料館には


戸定邸4

懐中時計の写真が、この戸定邸を建てた最後の水戸藩主徳川昭武・・・徳川慶喜の異母弟です。

これは将軍の代理としてパリの万博にいったおり、スイスから贈られたもの。

実物をみましたが、とてもきれいなものでした。

昭武公・・・この時13歳。

家康から300年・・・武門の最上流のおもざしはここまで貴族になるのですね。

彼の生母は水戸斉昭の側室、万里小路睦子
斉昭の生母も京の公家外山氏(日野氏の一派)ですので、京の雅な血統がかなり強いのもうなづけますね。







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