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オジキ!!  佐倉順天堂 その2

佐藤泰然から順天堂の歴代院長たちの系図も掲載されていました。
よく知られているのは、松本良順、林洞海、赤松則良、榎本武揚といった華麗なる幕臣テクノクラート&森鴎外と先妻の登志子といった関係です。
詳しく見ていると、幕府軍には松本良順先生が軍医として従軍していますが、官軍にも順天堂から従軍して手当てを行っています。

そして、前々から、なんとなく知ってはいたものの、はっきりとはわからなかった、歳三と順天堂の縁戚関係について、おばろげながらも、想像が形になりました。

土方歳三の義兄、佐藤彦五郎の四男で有山家に養子に行った彦吉氏の息子にあたる有山登氏が順天堂の第5代理事長でした。(つまり、のぶ姉さんの孫)


有山家は日野の名門の一家で、日野の佐藤家を訪問したことがある人は説明を聞いたと思いますが、日野本陣の本座敷を譲られた家です。
有山家が火事になってしまったため、引きずって移築したと・・・・

現代と違って、当時の結婚はまだまだ、家とかの事情が最優先されて頃。

賊軍 土方歳三を大伯父にもつ有山氏が順天堂の佐藤家の娘婿になるというのは、ただ単に 優秀な医師であった というだけではない要因があったはず。

松本先生のなんらかの遺志の継承というものを思うのは 考えすぎでしょうか?


榎本武揚の妻は良順先生の姪ごさんです。
歳三や武揚からずっと下ったご子孫の代だし、あちこちで養子縁組が結ばれているので、本当に遠い縁ではあるけれど、順天堂を通して土方さん一族と榎本さん達、がつながっているのを見て、感慨深いものがありました。
函館戦争を境に、一方は戦死し、一方は明治政府の顕官となり、すっかり道が違ってしまったわけですが、こうして子孫の代でひとつの家系図に収まっているのも何かの縁なのかなあ。

ちなみに系図には出ていませんでしたが、鴎外の先妻、登志子の弟である赤松喬二と大鳥圭介の次女も婚姻関係があり、赤松さんと榎本さんは妻が姉妹同士なので義理の兄弟・・・
つまり、榎本さんと大鳥さんは縁戚関係なわけで、榎本さんと土方さんも遠い遠い縁でつながっているってことは、土方さんと大鳥さんも実はめちゃくちゃ離れてはいるけど、縁続きになるってことですかね(笑)

これもかなりこじつけというか、無理やりにそういう風に考えると、日本人は元をたどればみんな親戚ということなんですけどね。


系図

上記は展示されていた 順天堂佐藤家に関する系図。
暗い室内での撮影なので、よくは見えませんね・・・すみません・クリックすると大きな画面になります。



MONN

この門をくぐって、西洋医学が広がっていったのですね。






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