事始め

2009.01.03 *Sat
今日でもう三ヶ日もおしまい。

お正月って早いですねええ・・・
今年は元旦の拍手お礼画面に こっぱはずかしの「お話」をアップいたしましたところ、たくさんの拍手を頂きもうなんか、うれしはずかしで もじもじしていまっているひなちなであります。
ありがどうございました。
我が家も 外科病棟土沖家のように元日の夜は「ウィーンフィル・ニューイヤーコンサート」を楽しみました。
プログラムの最後・・・今年は「美しき青きドナウ」で予想がぴったり。
しかもその前のニュースで「スロバキアのユーロ加盟」をやったりと・・
あまりにぴったしかんかんで・・・笑ってしまいました。

ニューイヤーコンサートでは 美しき青きドナウの時のバレエの少年少女・・(特に天使役の少年たち)にキャキャしてしまったりしてしまいましたがね。


>蒼依様
  新年あけてすぐに、コメントありがとうございます。
  沙羅さんのピュアなお話を濁らせてしまわなかったか、それがシンパイでした。
  そういっていただけで、ほっとしております。
  ・・・・大国●神社(笑)・・・ピンポン!!!


>10:20様
  サプライズ(笑)・・でしたか!!やまなし、おちなし、の定義だけは(笑)守れたと思います。
  拍手ありがとうございます。
  山下達郎・・・思い出しますね。あの柱の影でまっている 牧瀬りほちゃん・・純粋とか健気とか
  ううううんん・・・忘れてしまっている気持ちを思い出しますね。
  こちらの二人もそんな オーラがありますものね。
  初詣、混んではなかったですか?
  我が家の近くの神社では、例年にない混み様でした。
  不景気のせいなのかしら????
  今年もどうぞよろしくお願いいたします。


>沙羅様
  いやいやいや・・ そんなにいっていもらうと、はじかしくって穴に入りたくなります。
  といっても、このひなちなが入れる穴など、掘るのタイヘンですけど!!
  結構なおじさんの「土方」センセ!!
  総司が来たことがうれしくって、照れ照れなんですよ・・・
  そこがかわゆいんだよね。
  今年も素敵な二人を応援していきたいと思います。
  またまた・・・うふふふなお話待ってます。

>月子様
 初笑いになりましたか!
 ありがとうございます。
 「ご老体」・・・です。
 総司にかかったら・・・土方センセは弱いんです・・・へへへ。
 
  
他、たくさんの拍手ありがとうございました。

とてもとても励みになりました。

さてさて、ひなちなのお正月はといいますと・・

2日の日は 幕末の始まりとなった「黒船来航」の地 三浦半島は浦賀へといってきました!!!

今年は関東地方は穏やかで快晴に恵まれたお正月でした。

東京下町からは、首都高湾岸線、神奈川高速線、横横道路(横浜横須賀道路)を使って、お金はかかるけど(全部別料金ですので・・・)休日はそれほど渋滞しないので、快調にいけます。



ベイブリッジ

横浜のベイブリッジから見た「富士山」
助手席側から、しかも道路が快調だったので、100キロ近くのスピードがでていたので、なかなか柱などの邪魔を除くチャンスがありませんでした。
しかし、お正月に富士山を見ただけで幸せな気分になりますね。

横横道路
これは横横道路に入ってから、真正面に富士山が見えたときの一枚。

と、車中は富士山で盛り上がっています。

ペリー記念碑
ペリーが上陸した地点、現在の久里浜港です。
ペリー公園として整備され、記念碑が建っています。
揮毫は 大勲位伊藤博文公 と書いてありました。


上陸の浜

上陸した浜辺です。
久里浜港の中でして、穏やかな浜辺です。凧揚げをする親子連れや釣人たちがいました。
快晴でしたので対岸の房総半島が手に取るようにみえます。

この久里浜と房総の浜金谷を結ぶ東京湾フェリーが行きかっていました。
このあたりが一番東京湾でも狭いところでしょうね。
房総までわずか15キロぐらいしかありません。

先日みた「レッドクリフ」では揚子江の赤壁での水軍戦ですが、あのあたりはここより川幅があるんだろうねええ・・・と 話しになりました。

源平の昔、挙兵した源頼朝は上総に逃げたりしていますが、三浦と房総はこれだけ近いのですね。


じょうきせん

記念碑のある公園にあった「じょうきせん」の落首の碑

見事の一言につきる歌ですね。

じょうきせんは「蒸気船」とお茶の品種「上喜撰」と掛けています。

なんとまああ 上手いことです。

この作者、当時の老中 間部下総守詮勝 という説もあるとか・・・ 松堂という号をもっているとか・・・・
寝むれず ではなく 寝られず ですから、作者老中説は 本当かも!!!

この公園にはもうひとつ

ペリー記念館

というのがありまして、見学を楽しみにしていたのですが。。。。
年始ということでお休みでした。
公共機関だから仕方がないかもしれませんが、観光客の多い年始は、開けようよ!と思った次第です。
ここもまたリベンジしたいですね。


道案内図に気になる文字を発見!
きになる

「会津藩士墓地」とあります。

なにがここであったのしょうか?????
調べてみたいと思いました。


久里浜から奉行所があった浦賀へと向かいます。
途中、江戸期の灯台が復元されている地点があるというので、立ち寄ります。

燈明堂

浦賀燈明堂 です。

江戸初期に幕府によって建てられました。浦賀水道が当時から非常に重要地点であるという証拠でしょう・・・
一晩に菜種油1升を使って燈明を灯したとのこと。

ペリーが来航した折はここから、多くの人が黒船をみたことでしょう・・

久里浜を望む

写真右の岬(の向こうが久里浜です。

沖に停泊していた黒船がここからよく見えたことだと思います。

大河「組!」で 佐久間象山や龍馬と歳三と近藤が 黒船をみにいく設定がありましたが、もし見たとしたら、多分このあたりからでしょうね。

ドラマのロケは同じ三浦半島の荒崎海岸で行われていますが、こことよく似ている海岸線です。

探す

こうした潮溜まりで 大河では重要な小道具となった「コルク」を見つけたんですものね。

この燈明堂の磯には当時、黒船からのものが流れ着いたことでしょうね。浦賀水道


浦賀水道です、タンカーや貨物船、漁船にヨットまで、まああ凄い船舶の交通量です。
現代日本でも生命線の一つでしょうね、よくわかりました。
写真左奥が 東京方向になります。

お江戸まで、あと約50キロ!
ここに黒船が現れたんですもの・・・・それはそれは大騒ぎだったことでしょうね。

しかし、つまんないことですが・・・

組!での「トシとかっちゃん」たちご一行!朝江戸をでても、到着は夜のはず、どこかで泊まらないと無理な距離です。そこはどこなんだろう!と思ってしまいました。

この後、私的には浦賀奉行所とうに行きたかったのですが、連れが三崎の鮪と城ヶ島の冨士山の夕景を・・・というものですから、それに従いました。


相模湾からみた冨士の山はどこでも絵になります。
北斎の傑作を ペリーの率いた軍団の中に何人かは知っていたかもしれません。
もしそういうことで、あったら・・・本物の冨士山をみてどういう感想をもったのでしょうか??

このあと城ヶ島から、はるか伊豆半島天城の山に沈む夕陽と美しく染まった冨士をみつつ考えたりしていました。


正月2日

fuzisann







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